総合メニュー画面
PHOTOGRAPH
写真について
第一回目

ここのページは僕の記憶の断片を紡いでいく僕のノートになるかも知れません。

撮影会モデル募集作品例01

『Provoke』 参加者は、中平卓馬、多木浩二、岡田隆彦、高梨豊、森山大道(二号から)。

撮影会モデル募集作品例02
撮影会モデル募集作品例12
書き始める前に一冊のノートを出した。日付は2005年5月1日。その日から始まったメモ書きはその通り記憶の断片fragmentになって、何の脈絡無く次のページに進んでいる。さてと、そろそろ紡ぎましょうか。そうしないと先に生けない。


1968年に創刊された写真同人誌『Provoke』(プロヴォーク)では、「写真とは何か」 「写真家とは誰か」 と問いている。「写真でいかに食うかという賃労働的なものではなく、写真とは何か、何故写真を撮るかといった、写真に関わる者にとっての基本的な問題を常に積極的に意識する姿勢」

1932年に創刊された『光画』の巻頭を飾る論文、伊奈信男の 「写真に帰れ」 には 「芸術写真と絶縁せよ。既成芸術のあらゆる概念を破棄せよ。偶像を破壊し去れ、そして写真独自の機械性を鋭く認識せよ」

この二つの文章が僕の写真の始まりだと今は思う。それまでは写真家やカメラマンの名前にただ憧れていただけにすぎない。写真は立体のものを平面にコピーしたもの、コピー、そんな当たり前のことに気付かなかったんだな。作品を作るんじゃあなくて、目の前にある作品をコピーしているのが写真なんだ。撮り手がモノを語るんじゃあなくて、モノが語んなきゃあいけない。意識の改革でどれだけ写真が変わったか、変わったのではなく成長したんだと思う。共感するってことは、元々自分の中にあるものが目覚めたってことだから、それは写真の役割と同じで見る人の本来ある記憶を写真が触媒になって甦らせるってことになる。だから、写真は観る人がいて初めて完成される。

… 続く